ルクセンブルク
 
べルックス三国の中では一番小さい国、面積は約2,600kuというから神奈川県や佐賀県よりちょっと広い位。ここに人口わずか50万人(因みに神奈川県は約870万人で、佐賀県は約85万人)という小国で、スペイン、オーストリアそしてフランス等各国の支配や統治を受けたりして19世紀の後半にようやく国として独立することができたという歴史があります。
小さい国ながら経済ではトップレベルだそうで、どこかの国のように毎年国力が落ちているところと比較するとうらやましい位です。

 
ルクセンブルク新市街
宿泊したのはルクセンブルク市の旧市街から数キロ離れた新開発地区で、周りはホテルと各企業のオフィスばかり、その中でも目立っていたのがこのビル。なぜか金色に光っています。
 
  レンタル自転車
自転車の駐輪公害に悩むのはどこの国でも同じのようで、地球環境に優しい自転車の利用促進を目指して、フランスのパリでスタートした「ヴェリブ」と呼ばれるレンタル自転車制度がヨーロッパ各国に広がっているようです。登録すれば、乗り降り自由でいつでも借りられるということで利用者も増えているとか。
ネットで調べところ富山市がこの制度を取り入れたようです。
 
       
  ジョン・F・ケネディ通り
ケネディ大統領がこの地を訪れたのかどうかわかりませんが、なぜこの名がついているのでしょうか。最も旧市街に行くと「ルーズヴェルト通り」や「マリー・レーズ通り」など通りの名が人名でなっていましたけど。
 
    
ルクセンブルク旧市街
街はは、10世紀の終わりにアルデンヌ伯爵がペトリュス川とアルゼット川に囲まれた台地に城砦を築いたのが始まりで、今でもその一部が残っており、1994年に「ルクセンブルクその古い街並みと要塞都市群」としてユネスコの世界文化遺産に登録されています。
 
 
  環状城壁から見るアルゼット川と旧市街の一部
 
写真は、「ポック」と呼ばれる城塞の一部で、右下写真の穴のところには当時の砲台の跡が残っているようです。(時間の都合で見学できず残念!!)
 
 
   
       
      
       
  旧サン・ジャン教会
現在は何にネットで使われているか調べてみたところ、「女子刑務所」という説と「芸術・文化センター」という説があります。どちらが正しいんだろ?
 
       
  大公宮
15世紀の初めに建てられたが16世紀半ばに破壊されて再建。現在は公式行事のときだけ滞在し、ふだんは別のところに住まわれているようです。
建物のそばには衛兵が数名おりましたけど、ほかの国の警護に比べると質素ですね。
 
       
   憲法広場の慰霊塔
旧市街の南側にある広場で、この塔は第1次世界大戦の戦没者の慰霊塔とのことですが、塔頂部には金の女神像があるようですけど、ただいま上海万博に出張中とか。
 
       
アドルフ橋
ペトリュス渓谷に架かる橋で、渓谷に囲まれた旧市街と新市街を結んでいて交通の要所となっています。渓谷からの高さは43mあります。

 
 
 
   
  ノートルダム大聖堂
イエズス会の教会で、後期ゴシック様式で17世紀前半に建設されています。
この入り口はノートルダム通り側の入口で、もうひとつ憲法広場側にも入口があります。ちょうど入り口のところで道路工事中、仕方なく下側をカットした状態で撮影。
 
 
 
       
  ハイブリッジと新市街の高層ビル  
       

ペトリュス渓谷と欧州投資銀行
 
        
  
旧市街の路地裏
 
       
ヴィアンデン城
 
ルクセンブルク市内からバスでちょうど一時間くらい、ヴィアンデンという街があります。街に入る手前に駐車場があり、ここからヴィアンデン城の全景が見わたせます。ローマ時代からこの地に城が建てられていたとのことで11世紀にはビィアンデン伯が所有していたそうですが、その後衰退により城も放置され荒廃していたとのことで、中を見に行ってもしょうがないとの現地ガイドさんの話により、近くの駐車場でお茶を飲んで帰ることとなりました。
 
 
 
       
   
       
ベック・クランマシェ
 
ここを訪れたのは、モーゼルワインを訪ねるとのことでした。お酒に興味のない私は失礼してちょっち周辺を歩いてみました。
ワインセラーのそばをモーゼル川が流れており、河の対岸はドイツ。ともに川沿いの街でワイン造りが盛んとのことで、いくつものワインセラーがあるようです。
 
 
       

ブドウ畑(黄色く見えるのはタンポポの花です。)
 
       
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