京都街歩き その2(2020.10.16撮影) 今回は、寺社を歩かずに京都の街にある史跡中心の街歩きです。 |
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牛若ひろばの太田垣蓮月の歌碑 五条大橋の西詰にある牛若広場という公園にある歌碑で、江戸時代後期の尼僧であり、女性歌人であった太田垣連月の歌碑で、碑には「あすもきて 見んと思えば 家づとに 手折るもおしき 山さくら花」と刻まれています。 |
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扇塚 扇塚は、鴨川のほとりにある五条児童公園にある塚ですが、塚の脇にある「扇塚の紀」によると、扇そのものがここ京都で平安時代の初期に、平敦盛没後に、時宗御影堂(じしゅうみえどう)派の僧たちにより作られたと言い伝えられていることから、この地が扇の名産地として喧伝され、この顕彰碑が設けられたあります。 |
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みそそぎ川 鴨川の西を流れるみそそぎ川、「みそぎ(禊)川」とも呼ばれることもありますが、鴨川の分流となる全長2kmほどの人工水路で、1940年代の鴨川の改修時に設けられており、夏には納涼床(ゆか)が造られて、京の夏の風物詩となっており、観光客でにぎわいます。 |
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五条坂(上)と八坂道(下) 京の街を歩くと観光客が多く、人を入れずに写真を撮るのは苦労しますが、コロナ騒動で外国人はもちろん入国できず、日本人の観光客も減っているので、晴れているともっていい風景なるんでしょうけどね。 |
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竹内栖鳳(たけうちせいほう)邸跡 武内栖鳳は近代日本画の先駆者と呼ばれる人で、半世紀に及ぶ画歴の中で京都の画壇を代表する人でした。現在はレストランとなっていて、庭園の見学もできるようですが、寄らずに「ねねの道」に |
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石塀小路 ねねの道から西側に入る小路が石塀小路と呼ばれています。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている地区ですので、入って写真を撮ろうかなと思まいしたら、「静かに」、「撮影禁止」の札があちこちに掲げられています。この路地に入ってうるさくする人たちが多いんでこのようになったんでしょうけど、残念な道です。 |
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坂本竜馬(左)と中岡慎太郎(右)の像 土佐藩を脱藩して幕末に活躍した坂本龍馬と中岡慎太郎、龍馬は海援隊、慎太郎は陸援隊を結成して倒幕の中心となりましたが、二人とも大政奉還直後の慶応3年(1867年)11月15日に近江屋において刺客に襲われ暗殺されいます。 なおこの像は2代目の像で、初代の像は昭和11年(1936年)に建立されましたが、第二次世界大戦時の金属類回収令により供出されており、昭和37年(1962年)に高知県人会の有志により再建されています。 |
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祇園小唄の碑 園内にあるひょうたん池のほとりに建てられている碑で、昭和の初期に長田幹彦により作詞された「月はおぼろに東山・・・」で始まる歌の歌碑です。 |
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丸山公園は、「祇園枝垂桜」で有名なところですので、一度花の時期に訪れてみたいと思います。 |
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