インスブルック
チロル州の州都であるインスブルック(Innsbruck)、8年ぶりの訪問です。「イン川に架かる橋」というのが町の名前になっている通り、イン川沿いに発展した町で、この町は2度冬季オリンピックが開催された都市として知られているところですが、その歴史は、14世紀のハプスブルク家の支配下となって15世紀末のマクシミリアン1世の時代には都が置かれ、各地から商人が往来する繁栄をした歴史があり、1848年に起きたオーストリアの三月革命の際にも一時的に王宮がここに移されていました。
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インスブルックで泊まったホテルは町の中心部から少し離れたところにあり、ホテルの前にはオリンピアワールド(olympiaworld)と名付けられた施設があり、冬季オリンピック会場の後を利用して各種のイベントなどが開催されています。 |
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泊まったホテルの14階にあるレストランには展望スペースがあり、そこからはインスブルックの街が一望できます。左の写真の観覧車は、オリンピアワールドに併設されている遊園地です。 |
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チロル州立博物館(Tiroler Landesmuseum)
1823年にチロル州立美術館フェルディナンデウム協会によって設立されたもので、チロル州の先史時代から現代にいたるまでの工芸品や絵画などが展示されており、世紀末絵画のクリムト、ココシュカの作品、黄金の小屋根のオリジナルレリーフなどが所蔵されています。 |
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ルドルフの噴水(Rudolfsbrunnen)
ボーツナー広場(Bozner Platz)にある噴水で、。チロルのオーストリア帰属500周年を記念して、1877年に建設されました |
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解放記念碑
.州庁舎前のランドハウス広場(Landhausplaz)にあるこの記念碑は、第二次世界大戦の際に占領されていたことからの解放を記念して設けられたものです。 |
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凱旋門(Triumphpforte)
インスブルック中央駅前を通るザルルナー通り(Salurner Straße)とマリア・テレジア通り(Maria Theresien Straße)が交わる交差点にに建てられているこの凱旋門は、女帝マリア・テレジアの息子レオポルト2世とスペイン王女ルドヴィガの結婚を記念して、1765年に建設されたものですが、建設途中でマリア・テレジアの夫、フランツ1世がインスブルックの王宮で急逝したため、門の上部にには、南側に「生と幸福」、北側には「死と悲しみ」を表現したレリーフが刻まれています。
写真は門の北側を撮ったものですが、門柱の両脇にはマリア・テレジアの長男でマリー・アントワネットの兄にあたるヨーゼフ2世(左端の写真)とマリア・テレジア(右端の写真)のレリーフがあります
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レオポルド通り側から見る凱旋門 |
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マリア・テレジア通り
凱旋門から北に向かう通りで、左の写真の先が旧市街の中心部となります。
写真の鐘楼は、ゼルヴィーテン教会(Servitenkirche)で、17世紀のはじめに建てられたもののすぐに焼失し、幾たびか再建と破壊が繰り返されており、現在の教会は1947年に再建されたものです。
通りの奥の半分雲に隠れている山並みは、ノルトケッテ連峰です。 |
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アンナ記念柱
マリア・テレジア通りを更に歩くと道が広くなり、通りの中央に記念碑が見えてきます。
1704年に建てられたアンナ記念柱(Annasäule)です。左の写真は最上部の像が後ろ向きとなっているので、正面に回ったところ、基台の部分に何人もの人が座り込んでいます。(外国では結構多いんですよね。)やむを得ず、人が移らないように上の部分だけを撮影したのが右の写真です。 |
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市の塔
旧市庁舎の火の見櫓として14世紀の中頃に建てられたもので、塔の高さは57mあり、17世紀に設けられた時計の上には展望台が設けられており、ここからは旧市街が一望できます。 |
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レオポルド・モーツァルトが住んでいた家
作曲家ヴォルフガング・アマデウフ・モーツァルトの父のレオポルド・モーツァルトが、1769年に生まれた家です。 |
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黄金の小屋根
マリア・テレジア通りの突き当りに、ひときわ目立つ2657枚もの金箔が張られたバルコニーのあるのが黄金の小屋根です。
マキシミリアン1世の結婚を祝して1500年に完成したバルコニーで、旧市街の中央広場で行われる祭りやトーナメントを観戦するために改装されたものです。
インスブルックで一番の観光名所とあって、5階建ての建物全部を撮ろうとすると、建物の前で観光客がポーズを取っていて、これ等の人たちを入れずにはなかなか撮れなかったですが、一瞬のチャンスで全体を撮ることができました。
下の2枚はアップで撮影したものです。 |
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ヘルブリングハウス(Helblinghaus)
貴族の館として1560年にロココ様式で建てられ、その後カトリックの集会所として利用されていました。建物は黄金の小屋根の斜め向かいにあり、18世紀に追加されたバロック様式の漆喰模様が、ひときわ目立ちます。 |
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オットーブルク(Ottoburg)
イン橋のたもとの交差点にあり、オーストリアの国旗を模した赤、白、赤の色で塗られた窓の鎧戸が特徴的なこの建物は、インスブルックで一番古い建物で、1476年に最初の建物が造られ、1494年に再建されたゴシック様式の建物となっています。
建物の角には、ナポレオンがオーストリアに侵攻した際のナポレオン戦争において活躍した、農民解放軍の兵士の像があります。
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聖ヤコブ教会(Dom zu St. Jakob)
ホーフブルク王宮の裏手にあり、聖ヤコブ大聖堂或はインスブルック大聖堂とも呼ばれるこの教会は、12世紀の後半に最初の教会が建てられており、17世紀の終わりに発生した地震で倒壊した後の1724年にバロック様式で建てられたものです。
第二次世界大戦時の1944年には連合軍の爆撃で破壊されましたが、その後修復されており、鮮やかなフレスコ画と植物をモチーフとした化粧漆喰で装飾されている聖堂内部は見事です。
教会の写真を撮るときは、内部だけでなく外観を撮っているのですが、家に帰ってみたら外観の写真がありません。 |
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チロル州立劇場(Tiroler Landestheater)
インスブルック歌劇場とも呼ばれており、1654年に建てられた王宮オペラハウスを、1844年に古典主義様式に改築されたもので、歌劇、演劇、ダンスなどが上演されています。 |
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ホーフブルク王宮(Hofburg)
1460年頃より、チロル地方を統治していたジークムント大公により、後期ゴシック様式で建設が行われ、その後マキシミリアン1世、女帝マリア・テレジアによって拡張・改修工事が施されて現在のロココ調の宮殿となりました。ここでは、1775年にマリア・テレジアの息子であるレオポルド2世とスペイン王女ルドヴィカの結婚式が行われたことでも知られています。
訪れたときは、ご覧のように改修工事中で、全面にシートが張られており、その姿を見ることができません。右の写真は8年前に訪れたときに撮影したものてす。 |
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宮廷教会
王宮と接する形で建てられているこの教会は、ハプスブルク家の隆盛の基礎を築いた神聖ローマ皇帝のマキシミリアン1世の霊廟で、孫の皇帝フェルディナント1世によって、1563年に建てられた、ドイツルネサンス建築の最高傑作と呼ばれるゴシック様式の教会です。 |
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ホーフ ガルテン(Innsbrucker Hofgarten)
王宮のそばにある宮廷庭園は無料で誰でも入れるようになっていて、散策する人たちが訪れています。Sさんと写真を撮っていたら何やら木にぶら下げられています。
よく見ると魚の形をした厚手の紙に、子供たちが色付けをして、更に文章が書きこまれています。日本の七夕飾りみたいですね。 |
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キササゲの木(catalpa tree)
ノウゼンカズラ科の落葉樹ですが、立て札には「この木に腰掛けないで」と注意書きがあるだけで、樹齢が書かれていませんけど、幹の太さから見てかなりの樹齢の木はないでしょうか |
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イン橋(Innbrücke)とパステルカラーの家並み。イン橋から上流側を見ると歩行者専用の橋であるインシュテク(Innsteg)、その奥にはケーブルカー専用の橋、そしてオーストリアアルプスが望めます。 |
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インシュテク(左)とフランツ・グレイターのプロムナード(右)
インシュテクの橋は歩行者専用の橋で、コンクリートではなく、板張りとなっています。橋の欄干にはほかの橋同様に「愛の南京錠」がかけられています。橋を渡るとフランツ・グレイターのプロムナード(Franz-Greiter-Promenade)と名付けられた遊歩道があります。
フランツ・グレイターはインスブルックの市長を務めていた人です。 |
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インシュテクの橋の上から教会の鐘楼が見えたので行ってみることに。シュメルツァーガッセ(Schmelzergasse)の坂沿いに教会があります。
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聖ニコラウス教区教会(Pfarrkirche St. Nikolaus)
14世紀のはじめに創建されたチロル地方の教区教会で、現在の教会は、ネオゴシック様式で19世紀の半ばに再建されたものです。
教会の横には第一次世界大戦で亡くなられた方の慰霊記念碑があり、碑には大勢の方の名前が刻まれています。
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プロムナードを歩いていると、デュラー・ビュー(Ddürer-View)というポイントがありました。そこにはドイツ出身の画家であったアルブレヒト・デュラー(Albrecht Dürer)が、1495年に描いたイン川越しに王宮
の見える風景画の複製がありますが、現在は川岸に家が建ち並び、王宮も修復中のため絵のように見ることはできません。 |
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インスブルックの絵看板 |
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ニワウルシ(庭漆 ニガキ科) |
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