アルコバサ修道院 | |||||
バターリャ修道院から約30分でアルコバサ(アルコバッサとも呼ばれています)に到着です。街の名前は、アルコバサの地名は近くを流れるアルコ川とバサ川が交わっているところからきているようです。 ここアルコバサの修道院は、正式にはサンタ・マリーア・ディ・アルコバーサ修道院、または王立サンタ・マリーア・デ・アルコバーサ大修道院(Mosteiro de Santa Maria de Alcobaça)といいますが、単にアルコバサ修道院(Mosteiro de Alcobaça)、アルコバッサ修道院またはサンタ・マリア修道院と呼ばれています。 修道院は、ポルトガル王国初代国王のアフォンソ1世が、レコンキスタに貢献したシトー派への感謝を込めて所願し、1178年に建設が開始されたシトー派の修道院で、ポルトガル最古のゴシック様式の修道院で、1989年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。 この修道院には、「悲恋の物語」として知られるペドロ1世と愛妾イネスの墓があります。 |
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とにかく幅が広い修道院です。修道院の向かいにあるお店のそばまで下がって、24mmの広角レンズを使っても全体が写せません。200m位あるようです。 | |||||
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上の写真は修道院の北側方向から、下の写真は南方向からの撮影 | |||||
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正面ファサード ゴシック様式で建てられた修道院ですが、18世紀になってバロック様式に改築されています。 |
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身廊 高さ20m、幅23m奥行き106mある身廊は、ポルトガルでは最大の大きさであり、内部は聖ベネディクトの戒律を厳しく守って質素を旨としているため、彫刻、ステンドグラスなどの装飾が殆ど行われていません。他の教会、修道院と比べると、とても静かな雰囲気が漂います。 |
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ペドロ1世の棺(上の写真)とイネスの棺(下の写真) アフォンソ4世の息子ペドロ王子は、カスティーリャ王族の娘コンスタンサ・マヌエルと結婚しましたが、マヌエルの侍女のイネスと恋に落ち、アフォンソ王の忠告も受け入れず、公務をないがしろにしてイネスiにおぼれる日々を続けて子供までもうける始末となり、王よりイネスを始末するよう命じられた刺客によって暗殺されました。 イネスの死を知ったペドロは怒り狂い、反乱を起こすも母の説得により王と和解しましたが、刺客を許すことはせず、王位を引き継いだ後に刺客を自らの目の前で処刑させたといわれています。 南の翼廊にあるペドロ1世の棺と愛妾イネスの棺は、並んでおかれているのではなく、主祭壇に向かって右側にペドロ1世の棺、左側にイネスの棺が相対するように置かれており、起き上がった時に、お互いの顔を見つめることができるようになっています。 |
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修道院内の柱には所々に文字とも記号とも思えないものが彫られています。 これは修道院の建設に従事した職人が彫ったもので、当時の職人たちへの給金の支払いは出来高制であったので、自分が運んだものがどれであるかを示すために彫ったもので、この記号の数を調べて給金が支払われていたといいます。 |
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王の広間には、壁の下段には修道院の創設を物語風に描いたアズレージョが何枚もあり、上段には粘土細工で造られた歴代の王の像が置かれています。 | |||||
![]() 王の広間のアズレージョ |
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![]() 王の広間の彫像 |
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![]() ドン・ディニスの回廊 ドン・ディニスはポルトガル王国第6代の国王ディニス1世で、「農民王」の異名で呼ばれています。 |
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僧の広間は後にワインの倉庫として用いられました。 | |||||
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厨房 最大1000人もの修道士が暮らしていたといわれる修道院の厨房には、アルコア川水を引き込んで作られた水場(上左)や、7頭もの牛を丸焼きにするための竈、調理の際に発生する煙を排出するための巨大な煙突が設けられています。 |
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食堂 食堂の広さも1000人の修道士に対応するためでしょうか大変広く、何故か階段のそばには説教壇も設けられています。食事しながら説教を受けていたのでしょうか。もしそうなら食事がどこに入ったのかわからなかったのではと心配します。 又、壁には極端に幅の狭い扉があります。扉の幅は35cmしかなく、太りすぎるとこの扉を通り抜けることができません。当時からメタボ対策をしていたのでしょうね。私は大丈夫? |
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アルコバサ城 修道院の外観写真を撮ろうと少し高台のところにいっところ、丘の上にお城が見えました。 調べてみるとアルコバサ城といい、12世紀にムーア人が造った要塞のようです。 |
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日陰となっている薬屋さんの温度計は29℃、日向は30℃を超える暑さです | |||||
午後4時半過ぎにアルコバサを出発してナザレに戻ります。 | |||||
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